はるうまれ

だから春が好き。 好きなこと・思ったことを徒然なるままに。ちょいちょい旅ネタで続いてます。
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京都で歴女してきた。

京都行ってきました。
行くとテンション上がります。

今回は出来るだけ史跡回り中心にしました。
漫画や小説やラノベの影響で行きたいところが沢山増えました故。





先ず最初は平安時代のチート官僚・小野篁さん由来のお寺
「六道さん」こと六道珍皇寺へ行きました。

六道珍皇寺


小野篁さんは遣隋使の小野妹子の末裔で、歌人の小野小町の祖先と言われており
文才に秀でた官僚で、当時では珍しい180㎝の長身であったらしいです。

この小野篁さんは
夜ごとこちらの六道珍皇寺の井戸から冥界へ渡り
閻魔大王の補佐官を務め、
翌朝は嵯峨の福生寺の井戸からこの世に戻っていたという伝説があります。

その由来の井戸はお寺の裏庭の方にあり
特別拝観の時にしか見れないようで、見れなくて残念。
あと小野篁さんと閻魔大王の像が並んで安置されてます。

≪ご参考≫ Wikipedia-小野篁





次に戦国時代に豊臣秀吉の後継者として関白になるも
跡継ぎが生まれて厄介払いされてしまった豊臣秀次の墓所・瑞泉寺へ行きました。

京都慈舟山瑞泉寺

豊臣秀次は豊臣秀吉の姉の子で
近江八幡の八幡城を治めており、羽柴秀次と名乗ってました。

豊臣秀吉と側室の茶々との間に出来た男子が幼くして病死した後、
秀吉の養子に入り、後継者となって関白を務めましたが、
秀頼が生まれ、それに後を継がせたいが為に謀反の嫌疑をかけられ
高野山で出家させられ、その後切腹を命じられてしまいます。
その首は三条河原に晒され、その前で秀次の家族・侍女共々40人近くの女子供が処刑されました。
こちらの瑞泉寺はその弔いの塚があるところです。

てか非道い話ですね。
殉死した方も含めると相当・・・

≪ご参考≫ Wikipedia-豊臣秀次



そして江戸後期に京都で活躍した新撰組縁の壬生寺へ参りました。
取り敢えず参拝者の大半が若いお姉ちゃんっていうお約束っぷりだった。
自分は大して若くもないけど例にも漏れずかな?

壬生寺

近藤勇之象

お寺自体は広めでここで隊士たちが剣術の稽古したってのも納得。
敷地内に老後施設と保育園が併設されていてなんだか地元愛を感じた。

あと新撰組総長の芹沢さんの墓所とか近藤さんの銅像とか
色々有りました。えぇ色々。なんていうか、強かな感じがするので割愛。
でも普通にお寺な雰囲気が強い。例え俗っぽいグッズを売っていても。

近隣に住居にしていた前川邸と八木邸がありましたが
前川邸は個人宅なので少し見学出来るぐらいで
八木邸はガイド付きで行動が束縛されるの嫌で見学料も高かったので入らず。
てか八木邸の前は和菓子屋さんになっていたよ。

あと副長を務めた山南さんと隊長の平助などの隊士の墓所がある
光縁寺がわりと近いところにあるので寄りました。

≪参考≫ 壬生寺のHP



あと「玉の輿」の由来になったという俗説のある
江戸幕府第五代将軍徳川綱吉の母の桂昌院こと、お玉さんの生家近くにある
今宮神社へ参拝してきました。

綺麗なお社でしたよ。
本当はもう少し北の上賀茂神社も行きたかったですが
何分時間がなくて・・・

今宮神社

こちらは以前大徳寺へ参った際、時間が無くて行けなかったところです。
大徳寺は石庭など素敵ですし、まだ回ってないお寺があるので
是非また行きたいです。





ってことで京都で歴女してきましたが
まだまだ史跡関係でも行きたいところ沢山です。

清明神社とか行ったことあるけどもう一度行きたいしね。
因みに寺田屋は去年行ったけどなかなか面白かったですよ。
お登勢さんね、お登勢さんとこ。今現在でも宿泊可能とか素敵過ぎる。

あと上賀茂神社とか御所とか苔寺とか化野念仏寺とか亀山方面とか行きたいです。
着物着たり舞妓さんとかもしたいよね。
次はいつ行けるかな?京都。

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